ninpop corp.  

2002年01月の毎日殴り書き

2002年1月31日(木)

事務所。
素敵なスペース。
出逢うべくしてであったレンゲキャッスル。
蓮華城。
そんなイイ出逢いの間を繋いだのは
マジュニアという不動産屋さん。
俳優もやっているというマジュニアの社長さんと
有望な部下二人とメシ会を開く。
社長なかなかイイ感性、
トークが通じる希有なタイプだったということが発覚。
ココにも不思議でオモシロイ出逢いがあったのだ。


2002年1月30日(水)

久しぶりに 
インターネットかるら
やったら
なんか溜まってたんか知らんけど、
かなりの噴ぐあいで、
自分でも驚いた。
あ〜おもろかった!
そのあと「イイタイ邦題」
寝不足のくせに、直前噴しまくったせいか
滑り出しは少々停滞 。
だが、なんとか、
アルバム一枚聴き終わるまでにタイトルを決める勝負

辛くも2連勝。
ふ〜!


2002年1月28日(月)

5月リリースを目指して構築していっている歌。
本日、デモのデモ完成。
なかなかいい感じに見えてきた!
嬉しい。
この流れを目標値へ!!


2002年1月26日(土)

打ち合わせ4連チャン。
充実度はなかなかのモノ。
ゲッティング・ベター


2002年1月25日(金)

久しぶりに大阪に行って来た。
4月から大阪の番組を3、4年ぶりにやることにした。
なぜなら、 画期的な内容の企画が通りそうだからである。
大阪で深夜であるからこそ、
世の中の価値観を変えるべく、
あの頃の大阪テレビの勢いを蘇らせるべく、
まずはここから手始めに 。
その打ち合わせ後、
2/10の「大阪かるら」の下見に。
なかなかいいスペースだ。
みんな集まって触発し合おう。
待ってるよ!


2002年1月22日 (火)

りんごブーム到来。
目覚めにりんごに囓りつく。
グーン覚醒 !

2002年1月20日(日)

本日は本日でちょっと異種的忙しさ。
ホリプロスカウトキャラバン優勝者浜口順子を鍛え
、ニシダジロウのラジオ特番を診てやり、
紳助特番のクイズを作り、
ジョージ追悼イベントの台本をまとめ上げにかかる。
そして現在午前五時。


2002年2月17日(木)

「しやわせ」リリースに当たり
非常にお世話になった
名ピアニストの栗本修さんと
久しぶりの再会。
あいかわらずの気さくさに感動。
いろいろとまたお世話になります。


2002年1月17日(木)

首のない太陽の塔のレブリカがある。
まるでサモトラケのニケ。
もう20年も前に正夫(親父)が
工場の鉄くずの山の中から拾ってきたしろものだ。
30年以上前万博開催当時に
どこかの小金持ちが購入していた物だろう。
どっしりと重量感のある全長40センチ。
なぜだかそいつはそんな風にして俺のもとに舞い込んできた
錆錆で。
拾った当時親父は気を利かして
黒ペンキで全体をコーティングした。
そのペンキも今では朽ちている。
ちょっと前に青山にある岡本太郎の家ギャラリーに行って、こっそり、敏子さん部屋らしきところを覗いてみて
ビックリ!
同じ物の完全版が部屋の特等席に鎮座していたのだ!

首なし太陽の塔は
現在ニンポップ事務所の玄関先に坐してある。
そして近々白と赤と深緑で復活させる予定だ。
もうペンキは買った。
そうだ。
3月15日に塗ろう。


2002年1月16日(水)

ううんん。

色んな事がいっぱい。

頭パンクせんようにせんと。


2002年1月15日(火)

秋田県に平野政吉美術館というのがあって、
そこに、「秋田の行事」という
とんでもない絵が飾ってある。
神業というものがあるならばまさにそこに存在していた。
縦3,65メートル、横20,5メートルという
巨大な油絵。
圧倒的である!
しかも下書きもなく
174時間という短時間で描き上げた
とは信じられないその緻密さ!
世界一の絵を残そうとした自称世界一の画家、
その人、藤田嗣治、
昭和12年の偉業だ。
そんな凄いことを、
前々から気になって、さぐっていた人物が
成し遂げていたことを知らなかった俺は、
その絵を目前にして愕然とした。
あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・


2002年1月12日(土)

今夜のライブ。
僕の歌が、心に触れて涙が流れたって・・・
音楽の力。

あの20代の頃、
パット・メセニーのジェイムスを聴いて、
何故か分けもなく涙が出てきた。
そんな体験、後にも先にも 無いくらいの体験。
人生におけるとても重要な出来事。

もしかしたら僕が
そんな歌を生み出せているとしたら・・・。

たとえこみあげてくれる人が
全世界にたった一人しかいなかったとしても、
一人でもいてくれたなら歌う意味はあるのだ。
だから歌い続けられるのだ


2002年1月11日(金)

DX収録終わりスタジオにて新年会。

抽選会。

何も当たらず。

しかしスタイリスト高堂さんは

いっつも絶対なんか当たるなあ。

ありゃいったいなんなんやろうか?


2002年1月10日(木)

生姜焼き定食。
当てにしていた店が休み。
第二候補の店も休み。
もう心当たりはない。
行き当たりばったりに探し、
半ば諦めた頃に、
ありそうにない店で、
「 生姜焼き定食、人気により、続行中」
のとってつけたような張り紙発見。
ハハハ。


2002年1月9日(水)

じっくりと話した。

誠意を持って言葉を投げかけてくれたと思う。

もしかしたら、

重要な人との出逢いだったかも知れない。

そうであって欲しい。

感謝したい!


2002年1月8日(火)

本格的な作家業仕事始め

松紳今年もおもしろくなりそうやぞ!

俺は俺のスタイルで行くしかない。

そのスタイル上で怠けることなく進化させ

思慮深さを増させていく。

本当に大切なモノは何か?


少しでも見極められるように

研ぎ澄ましていかなきゃ。

そのためのいいスタートはなんとか切れたかも。


2002年1月7日(月)

一年前
幸運にもアビーロードで 録音したテープのコピーを、
あらためて初めて聴いた。
オープンリールで収められていたために
今まで聴けなかったのである。
そこには、
あの、
The Long And Winding Roadの
ストリングスアレンジを担当したリチャード・ヒューソン氏

向かって
「ここち」を歌う俺がいた。
しかも、ジョン・レノンの使っていたマイクで!
あの時の感動がよみがえってきた。
その直後、
入ったデニーズで耳に飛び込んできたBGM・・・
My Loveだ!
リチャードがあの曲以来
久しぶりにストリングスアレンジを施した
ポール・マッカートニーの曲だ!
なんなんだ?
またや!またや!
C幼笛吹かなきゃ!


2002年1月6日(日)

何か、
ちょっとずつ、
解けつつあるような、
解明しつつあるような、
それをちゃんと捉えて
表現しなければ。
伝えやすい
形にしなければ
実行


2002年1月5日(土)

確実にいつもと違う年始め。
勿論イイ意味でじゃ。
よしよしよし。
クラウチングスタート成功。


2002年1月3日(木)

本日も家籠もり中。
あいかわらず一人で誰とも喋らずそして構想中。
考えていることと、
このタイミングで放送しているNHKスペシャルアンコール
などの内容がリンクしていい参考になる。
これもC幼笛効果だと思う。
C幼笛を吹きながら
C幼笛をテーマに創り始める。
産むべきをちゃんと産む。
自分の理由がきっとそこにあるんだ!


2002年1月2日(水)

家籠もり。
一人で誰とも喋らず家籠もり。
今のところいい感じ。
何か産めるかな?